2010年02月18日

スピリチュアル入門編

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ある出来事をきっかけに
お墓参りだけではなく
ご先祖様供養を自分なりに
やってみようという気になった

市役所に行って戸籍を調べ
実家の両親の記録を見せてもらい
ご先祖様の系譜をつくってみた

おじいちゃんやおばあちゃんなら
顔も覚えているし
いろんな思い出もある

でも、まったく顔も知らない
ご先祖様の名前を書き出し
生年月日とご命日を書き出し
享年を計算していくうちに
心の中に不思議な感覚が
満ちてきた

このうちたったひとつの
いのちが欠けても
娘や息子を授かることは
なかったんだと思うと
自然に手を合わせる気持ちが
湧いてくる

どんどんたどっていくと
やがていのちはひとつの源に
たどり着くんだという
あたりまえのことに気づく

いのちはひとつ
自分のいのちは神様の意志を
つなぐ大切な存在なのだと
素直に感じられる

頭ではなく
おなかの底で
理解できる

サイババさんの言葉
「あなた方はみな、神の化身なのだ。
 わたしと同じように、人間の血肉を
 まとった神なのだ。ただ、それに
 気づいていないだけのことだ」

こういう類のことは
頭で考えてもなにもわからない
お腹にしみこませて味わうもの
なのかもしれない


posted by ヒュゲイアケイコ at 01:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月10日

事情

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中年以降、長く人生生きてると
たくさんの人と出会ったり
たくさんのことを経験する

そこで、いろんなことが
いろいろ複雑に絡み合った
さまざまな「事情」が発生する

自分が、好き、気が合う、心地よい
と思う相手は
その人たちの「事情」を
自分がたまたま知っているから

自分が、嫌い、苦手、会いたくない
と思う相手は
その人たちの「事情」を
自分がたまたま知らないだけ

好きも嫌いも
気が合う、合わないも
ぜ〜んぶ、その「事情」のせいで
良いとか、悪いとか
そんな単純な条件だけで
決定できるものじゃない

みんなそれぞれ
人にはわかってもらえないかも
しれない
「事情」ってもんがあるんだよな・・・きっと

それぞれの「事情」に
笑ったり泣いたりしながら
今を懸命に生きているんだよね・・・きっと

posted by ヒュゲイアケイコ at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月26日

おとなの感覚

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友人がある人からもらったメールのなかの
素敵なことばをおすそわけします

自分ではうまく表現できなかった
もやもやを、よくぞズバッと
表現してくれました!って感じ

それぞれ遭遇している状況は
まちまちでも
おとなのオンナにとっては
それぞれなりにこころにひびく
ことばかもしれません

では、おすそわけ・・・

「仕方がない、とは、おとなの感覚。
 正当化ではなく、罪悪感でもない。
 逃避でもなければ、誤魔化しでも
 耽溺でもない」 
posted by ヒュゲイアケイコ at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月25日

Love is Action

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人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく、人を愛しなさい

あなたが善を行うと
利己的な目的でそれをしたと
言われるでしょう
気にすることなく、善を行いなさい

目的を達しようとするとき
邪魔立てする人に
出会うでしょう
気にすることなく、やり遂げなさい

善い行いをしても
おそらく次の日には
忘れられるでしょう
気にすることなく、し続けなさい

あなたの正直さと誠実さが
あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい

あなたが作り上げたものが
壊されるでしょう
気にすることなく、作り続けなさい

助けた相手から
恩知らずの仕打ちを
受けるでしょう
気にすることなく、助け続けなさい

あなたの中の最良のものを
世に与えなさい
けり返されるかもしれません
でも、気にすることなく
最良のものを与え続けなさい

        「生命それは愛」より
posted by ヒュゲイアケイコ at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月31日

Oh!MJ

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変わることにしたんだ
一生に一回きりしかないくらいの思いでね
そう決めたら
なんだか気分は最高
今までとはまったく違ういい感じなんだ

冬の冷たい風をさけるために
お気に入りのコートの襟を立てた

でも、じつはそれは自分の心の中に
吹いていた風だった

食べるものも十分にない子供たちが
街にはあふれている
彼らがほしいものは何なのか
それを見ようともしない自分は
いったい何者なんだ?

夏には無視してきたことが
冷たい冬の風に吹かれると
放っておけなくなったんだ
こんな気分のままじゃ
もう何処へも行けやしないだろう?

鏡の中の自分に向かって
変わってくれよ・・・と頼むんだ
もっとみんなが満たされないと
もっとみんなが幸せにならないと
どんなメッセージだって
うまくは伝わらないさ

変えたいと思うなら
鏡の中の自分に目を向けて
変わるんだ

自分のことしか考えてない
愛みたいなものの餌食になっていた

お金もなく住む家もなく孤独な人たちを
どうして、他人事だと思ってきたんだろう

あんなにかぼそい、やさしい柳の葉だって
じゅうぶんすぎるぐらい人のこころを傷つける

慣れきった流れのまま
色褪せた夢のまま
時が流れていく

でも、もうこのままじゃ
何処へも行けやしない

だから自分でやることにしたんだ

鏡の中の自分に向かって
変わってくれよ・・・と頼むんだ
もっとみんなが満たされないと
もっとみんなが幸せにならないと
どんなメッセージだって
うまくは伝わらないさ
posted by ヒュゲイアケイコ at 10:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月14日

臨在感

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私には娘と息子が一人ずついます
子供っていうのは「すごい存在」だなと
思わされるこの頃です(笑)

子はかすがい・・・とよく言うけれど
確かに、父親と母親にとって
子供の存在は
それでなくても不確かな男と女の他人の関係を
つなぎとめてくれる大切なものでしょう

でも、私が感じる「すごい存在」の意味は
少しちがうのです

私個人のいのちや人生にとって
自分のおなかをいためて出てきた子供たちって
「すごい」意味があるということなのです

自分のなかにある神様の存在は
心がくもっているとなかなか実感できません
そんな心のくもりを、この子供たちが
ときどき、ふ〜っと吹き飛ばしてくれるのです
もちろん子供たちは、そんな悟ったやつらではなく
ごくふつ〜のいまどきの若者です
でも、彼らの自然体での私とのふれあいのなかに
そういう瞬間を感じるのです

 「なにごとのおわしますかは知らねども
  かたじけなさに涙こぼるる(西行)」

子供たちのなかに
「なにごとかがおわしまする」のを感じて
それがかたじけなくて泣いてしまう私です

もちろん、悔しいので子供たちには
こんなことは言いません

でも、自然とわが子に手を合わせたくなる

なんなんでしょうね〜、これって
  
posted by ヒュゲイアケイコ at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月08日

大掃除

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12月・師走・年末
大掃除はしましたか?
8月のお盆以降、ブログをさぼっていた4ケ月間
私は大掃除に励んでました
といってもお部屋の掃除ではありません

53年生きてきてたまったゴミのお掃除です

私生活・仕事・人間関係・人生設計図
その他もろもろ・・・

いや〜、大変でした

でも、お正月を前にとてもすっきり
とてもきれいになりました
気分もすがすがしく、引き締まり
新しく生まれ変わったみたいに
ルンルンしてきます

そんな大げさなことでなくても大丈夫
なんか今の自分はいけてないな〜と感じたら
お部屋だけでなく
人生でたまったゴミの大掃除
してみてください
posted by ヒュゲイアケイコ at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月13日

身口意(しんくい)

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「外から入ってくるものに毒はない
 自分から出ていくものに毒がある」

これってすごい言葉だと思わない?

むさぼり
怒り
無知

この三つの毒がひとの心にあって
これを身・口・意=行動・言葉・思い
という三つの出口から
外に毒をばらまいてる・・・らしい

自分が毒をばらまいているなんて
あんまり自覚したことはなかった

けっこう自分はいい人かもしれない・・・なんて
思っていた

先日、ある出来事があった

私の「ある傷」をまったく知らない人から
触れられたくないその傷を
ぐりぐりっとえぐられるようなことを
されてしまった
まったくその人には罪はない
だって、私のその傷の存在すら
その人は知らないのだから
でも、私は深く傷ついた

無知
知らないがゆえに・・・

そこで、私はハッとした

私だって、同じこと、してきたかもしんない!!
もしかしたら、私の知らなかったがゆえのひと言で
もしかしたら、傷つけるだけでなく
もしかしたら、人を殺したかもしれない
なにが「いい人かもしれない」だ・・・

「嘆異抄」3章1節
善人なおもって往生を遂ぐ、
いわんや悪人をや

善人でさえ、浄土へ生まれることができるのだから
ましてや悪人はなおさら往生できる

最初、読んだとき、これって善人と悪人が
さかさまで、間違ってるんじゃないの!?と
思った

でも、今は、すごく理解することができる

人は自覚しないままに
いろんな毒をばらまいて毎日生きている
自分が無知であることを自覚しないで・・・

ごめんなさい

無知だけでなく、むさぼり、怒りの
三毒をいったいどれだけばらまいて
今まで生きてきたのだろう

もう自分がいい人かもしれない、なんて
間違っても言えません








posted by ヒュゲイアケイコ at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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